相手の気持ちが理解できない、自分の思いをわかってもらえない、
感覚や知覚、記憶や学習など個人の炉のメカニズムを研究する心理学を「個人心理学」と呼びます。
それに対し、複数の人間が存在する状況(社会的状況)での個人、あるいは諸個人の行動、感情、経験の科学的分析を行う心理学を「社会心理学」といいます。
たとえば、ホラー映画を見て「怖い」という感情だけを取り上げるのならば、個人心理学の領域になりますが、「怖いから誰かと一緒にいたい」という心の動きを取り上げるのならば「社会的行動」ということになり、「社会心理学」の対象になります。
このような個人の社会的行動の科学分析が進めば、それを予測することも可能となり、制御することも期待されます。
わかりやすい例をいうと、広告があげられます。広告を心理学の対象とするならば、個人の消費行動を増大させる広告とはどのようなものなのかを研究し、より効果的な広告の提示の仕方について考えていくわけです。
多くの広告には、このような社会的心理学の研究によって得られた結果が使われているのです。
心理学の講座から、まさかこのようなことにまで発展していくとは思えませんよね。
心理学とは、このようにすばらしく広い範囲の学問なのです。
社会と一口に言っても、その種類は様々です。自分と誰かの2人きりの場合もあるでしょうし、2・3人から数十人の人が集まる「集団」、さらには「世の中」という意味での「社会」、最も広く考えた意味での「世界」などなど、いろいろな広がりをもって考えることができます。
初対面の印象は何で決まるのか。どこかの集団に入りたい、と臨むのはどのような心理からなのか。
集団の機能とは、そしてその集団の中だけで通用する価値観などはいったい何から生まれるのか。
このように考えていくと、「みんなの輪のなかに入れない」と悩む自分の気持ちは何からきているのか、など心理学の講座を受けるあなたの悩みがどこにあるのか、もわかってくると思います。
ほんとうに心理学の範囲は広いものです。
あなたはどこにしぼって勉強したくなりましたか。
みなさんも「精神病の患者はみんな怖い」と思ったことがあるのではないでしょうか。
ときおり、犯罪の報道などを通じて「精神分裂病」という言葉に触れることがありますが、この病に対する理解は、報道などによって深まるどころかかえって誤解が広がっている気がします。
スイスの精神医学者J・ブロイラーが命名したことによって「分裂病」という言葉が生まれました。
当時、哲学では、人間が認識するには感覚的な要素が結びつく必要があるとする「連合主義」という考え方が主流を占め、その影響でこの精神病も心の要素が分裂してしまう状態の病として考えられたのです。
その後、連合主義は衰えたにも関わらず、「分裂-病」という言葉だけが残ってしまったのが、この言葉が今日に至っている理由なのです。
精神分裂という心の病を抱える人は、100人に1人と言われていますが、実のところ発症の原因はわかっていません。
この病気は人によって様々な症状が現れることもあって、症状も一定しません。
幻聴が聞こえたり、自分が人間ではない史上の存在である誰かに操られているように感じられたり・・・といった妄想を抱くことも少なくないのです。
確かに何か犯罪が起きたときに、「空から命令された」などの供述をする人もいて、やはりこの病の印象は悪くなっているように思います。
近年では薬での治療が進歩していて、薬での治療を続けながら、生活上の訓練(基礎的な生活が送れるように)を通して社会復帰を目指した働きかけをするのが最近の傾向なのです。
服薬を続ければ、社会生活を普通に過ごしていける人も多いのです。
冒頭に触れた誤解について少し触れておきます。
「分裂病者が犯罪を起こした」かのように報道されることがありますが、犯罪は「性格」の要因が大きいものです。
そこに、その人がたまたま病的な要素を持っていた、というのが正しいのです。
「分裂病」については誤解されやすい表記なので、心理学の講座を受ける方々はこのようなこともぜひ学んで欲しいと思います。
何かいい名称はないものでしょうかね。
このような心のトラブルを抱えたクライエントに対して、催眠療法、自立訓練法、精神分析療法、行動療法、認知行動療法、クライエント中心療法、集団療法など個人にあった方法で臨床心理学ではクライエントの社会復帰を目指していきます。
一般に「うつ病」と言われている病気は、最近では「~障害」と障害、という呼称をつけて呼ばれることが多いのです。
そして、その中でも軽いものは「心の風邪」と呼ばれ、年齢を問わずに多く見られるようになりました。
しかしやはり特に多いのは、中高年ですかね。
近年自殺増加が問題になっていますが、中高年の自殺の背景には、心の風邪である「うつ」が内在していることが多いようです。
つまり、誰にでもかかりうる病気だということです。
うつの発生のメカニズムについては不明な点が多く、医療技術が進んだ今日でも原因がはっきりしているとはいえません。
症状としては、感情的な落ち込みのために、何事にも興味・関心が持てずに、絶望感や悲しみが続き、何事もネガティブにとらえることしかできなくなります。
人生に絶望感を持ってしまうために、自殺願望を生じることも珍しくありません。
うつでない人でも、このような気分に陥ることはバイオリズム的に見ても時折あることから、自分がなかなか病気だとはわからないのです。
また、この抑うつ気分は朝が特に重症で、夕方からは徐々に軽くなってくるという特徴があります。
考えをまとめることが難しく、集中力も下がってきます。そして決断ができなくなるために仕事をするにしても難しい状況になってしまいます。
やはり勤めていて、集中できないとなると業務に支障を生じることは容易に想像できますよね。
身体症状としても頭痛や腰痛、発熱などの不調を生じ、だるさを覚え、何もかもがどうでもよくなったりしてしまいます。
睡眠においては、心に悩みを抱くと当然出てくる症状ですが、寝付きが悪くなってしまいます。
そして、色々なことが心配になるあまり睡眠不足となり、朝は早くに起きてしまうなどの症状が出てきます。
しかし近年では薬物での治療が発達してきています。
もちろん薬物に頼ることにはストレスを抱く方もあるかもしれませんが、あくまでも「心の風邪」なのですから、風邪には薬での治療が当たり前ですよね。
そういうように前向きに考えて薬物治療にあたりましょう。
性格に関する理論は様々にあります。心理学の講座を受講される方でなくても、この分類には興味があるのではないでしょうか。
日本人は性格テストや血液型による占い、などが大好きですものね(笑)
(類型論)
★クレッチマーの3類型
彼は、体型と性格とを関係付けて類型化しました。彼によれば、人は3つのタイプに分類できるといいます。
・細長型=繊細ではあるが社交的ではなく、無口な真面目タイプ。敏感で神経質な面と、鈍感で温和な面を持つ分裂気質。
・肥満型=気分が高揚した状態と気分が沈んだ状態とが交代で、あるいは一方だけが極端に現れる型で、概して善良であり社交的な性格。そううつ気質。
・筋肉質型=几帳面な性格で粘り強い身上、義理にも厚いが時に爆発的に怒りが現れる粘着的な気質。
★ユングの2類型
・外向型=心理的エネルギーが外に向かう。行動的。
・内向型=心理的エネルギーが内に向かう。理論的。
「彼は外向的な人だ」などという言い方は、ユングのこの理論からきているのです。すっかりなじんでいるので、意外な感じですよね。
★フロイトの構造論
フロイトは独自の性格理論を展開しています。
彼の理論では、自我が現実や衝動的行動、道徳感との折り合いによって疲弊してしまい、機能をやめた状態が精神疾患だととらえました。
そしてその状態を避けるために、自我は「防衛機制」を働かせます。
防衛機制の例としては、例えば講座で怒られたときに、ぐっとがまんするのが「抑圧」です。怒られたことに腹をたてて人にあたるのが「置き換え」。
あれこれと言い訳を考えようとするのが「合理化」、怒られたことを逆にばねにして自分を成長させようとするのが「昇華」です。
他にもある問題から逃げる「逃避」、本来の思いと逆の行動をとってしまう「反動形成」などがあります。
フロイトは、防衛機制が人によって様々であることから、性格の違いが生まれるのだと考えたのです。
あなたは同窓会などで久しぶりに会った友人と、お互いに「昔と変わらないね」などと言葉をかわしたことがあるのではないでしょうか。
この「変わらない」部分であり、「その人らしい」と言われる部分が「性格」と呼ばれるものなのです。
最近は心理学がブームなので、心理学自体がこのような性格を見抜く学問であるかのように思われている面がありますが、性格を研究していく分野は人間の心の大きな全体を認識するための一部分の試みにすぎません。
ですから、性格についての文章などで一喜一憂するのは馬鹿らしいことだと思います。
性格は、「比較的一貫したその人の行動傾向」との定義づけがされています。
しかし一方私たちの周りの環境は生きている限り、必ず絶えることなく変化していきます。
「変わらない」性格と「変わる環境」との間で、絶えず行動を調整していくことがなされなければうまく生きていけないことになります。
環境と性格との間で一定の均衡状態が保持されることを「適応」といい、環境との間で性格が食い違ってしまうことを「不適応」といいます。
そして、この環境に不適応である状態から適応している状態への変化を支援する方法を模索する分野を「臨床心理学」といっています。
やっと心理学の講座でお馴染みの「臨床心理学」が出てきましたね。
不適応が続くと世間で一般的には「心の病」になったと考えられますが、このような状態は誰でもなることがあります。
日によってそういう日もある、ということはみなさんも感じているのではないでしょうか。
そのこともあって、心理学では「患者」という言葉を使わないで「クライエント(依頼人)」と言う言葉を使います。
医療の分野でも、この呼び名を使うこともありますよね。